今週の注目トピック
Taisho Nishiiより
今週のtech編には、まず、以前からCOVID-19のショックへ対応の一環として、サプライチェーンにブロックチェーンを導入することを提案している世界経済フォーラム(WEF)が発表したツールキット「Redesigning Trust」について解説。続いて、オンラインで開催されたEuroSys’20において紹介された、ユースケースに合わせカスタマイズ可能なTEEを目指すKeystoneをPickしています。そして最後に、Layer2のスケーリングソリューションとして期待の集まるOptimistic Rollupに関連し、Synthetix ExchangeがOVMを用いて実施したテストについて紹介をしています。下記のList編と合わせてご覧ください。
Section1: PickUp
●世界経済フォーラムがサプライチェーン向けにBlockchain Deployment Toolkitを公開
世界経済フォーラム(WEF)は、4月6日COVID-19などのショックへの対策として、非効率なサプライチェーンのデジタル化とデータの秘匿化のためのブロックチェーンの利用を提案していたところだが、28日、COVID-19発生後の経済回復を加速させるだけでなく、将来のパンデミックへも備えるため、サプライチェーンにおいてブロックチェーンを導入する際に活用できるツールキット「Redesigning Trust」を発表した。サプライチェーンの回復力は信頼性、透明性、完全性に依存しており、「共有された真実」を提供するブロックチェーン技術を展開することで改善することができるという。また、本ツールキットはPDFとインタラクティブサービスの形で提供されている。
公開のタイミングは、まさにCOVID-19による影響が広がる最中であったが、このツールキットは、業界全体でのブロックチェーン展開のベストプラクティスを把握するための1年以上の努力の集大成であり、50カ国以上100を超える組織・企業が協力している(プロジェクトコミュニティの全リストはこちら)。
このツールキットは、決してブロックチェーンの利用が、あるユースケースに適合するかを判断するための情報リソースではなく、ブロックチェーンを用いたソリューションを設計するに当たり、好事例を参照し、ベンチマークを設定する包括的なガイドブックとして利用されることを想定している。
ツールキットは、以下の14つのモジュールにより構成されており、全体像を理解するために用いるだけでなく、自らのユースケースに照らして、関わりのあるモジュールを選択し参照することもできる。どのモジュールを参照すれば良いかの判断を助けるために、Navigate Key Questionも用意されている。
例えば、モジュールの一つとして、Interoperabilityについて見てみると、内容としては、過去Newsletter(Issue #53)でも取り上げたホワイトペーパーを基に構成されており、過去の議論の積み上げであることが伺える。本ツールキットにおいては、従来の説明に加え、ブロックチェーンにおいてInteroperabilityを持たせるに足る要件をチェックリスト式に掲げており、ブロックチェーンを用いるに当たってのベンチマークとして使用できる。
また、実世界においては、R3社が、COVID-19による再保険の支払いにブロックチェーンを導入するというPoCの際、本ツールキットを活用することが報じられている。
世界経済フォーラムのブロックチェーン・デジタル通貨プロジェクトリーダーである、Nadia Hewett氏の掲げる「ツールキットにより中小企業の競争の場を平準化する」という目的が達成されるのであれば、多くのサプライチェーンにおけるブロックチェーン活用事例が生まれ、ブロックチェーンの社会実装が一層加速することが予想される。
●EuroSys’20が開催!ユースケースに合わせカスタマイズ可能なTEEを目指すKeystone
EuroSys’20が4月27~30日にオンラインで開催され、プログラムページに全ての動画とスライドがアップロードされている。このうち、「Keystone: an open framework for architecting trusted execution environments」をピックアップして紹介する。
Keystoneは、命令セットアーキテクチャ(ISA)をオープンソースで開発されているRISC-Vというプロセッサをベースにしている。ISAは、本来IntelやArmに高額のライセンス料を支払う必要があったがRISC-Vではライセンスフリー/ロイヤリティフリーで多くのプレイヤーがプロセッサの開発を行えることが特徴的だ。
また技術的な背景として、汎用プロセッサ処理性能の向上ペースの鈍化が危惧される中、ドメイン固有のアーキテクチャ(DSA/Domain Specific Architecture)の仕組みを組み込む動きがある。特定分野のアプリケーションに最適化したプロセッサを組み込むことで高速化を図ろうという取り組みであり、RISC-Vの設計思想に大きく影響している。
KeystoneはこのRISC-Vをベースにしたセキュリティ保護機能であり、ハードウェアレベルでアプリケーションソフトウェアのセキュリティを保護するTEE(Trusted Execution Environments)である。また、RISC-VもKeystoneもUC Berkeley発の取り組みとなっている。
下図において、RISC-VでM-modeで利用可能なメモリ保護機構であるPMP(Physical Memory Protection)を利用して、Enclaveへのメモリアクセスを外部から保護する。
(引用:https://dl.acm.org/doi/abs/10.1145/3342195.3387532)
従来のTEE (Intel SGX, ARM TrustZone)では不可能であったが、Keystoneではユースケースに応じてTEEの機能ごとに柔軟なカスタマイズできることが大きな特徴としてあげられる。(例:動的なメモリ割り当て、Secure I/O、MEEなど)
アプリケーションユースケースの多様化やそのセキュリティ・パフォーマンス・機能性の向上のためにハードウェア・OSを含めた低レイヤがドメインに最適化されていく動きは今後も注目していきたい。
●Synthetix ExchangeがOVMを使ったテストを開始
今回のテストはLayer2によるスケーリングに取り組むOptimismとアセットの発行や取引プロトコルを提供するSynthetixのコラボレーションによって実現されたものであり、OVMの導入によって実際にガスコスト、トランザクション処理速度、オラクルによる情報更新コストに向上が見られるかの検証が行われる。
OVM(Optimistic Virtual Machine)とはOptimistic Rollupなどレイヤー2の導入に必要とされるEVM(Ethereum Virtual Machine)と互換性のある実行環境である。(OVMの詳細はこちら)
Optimismは2019年10月に初めてのend-to-endのOptimistic RollupであるUnipig.exchangeをUniswapとのコラボレーションで公開した。UnipigによってOptimistic Rollupは実現可能であることが証明されたものの、当時のバックエンドやコントラクトはUniswapにカスタマイズされたものであり、あまり実用的ではなかった。
今回はUnipigで洗い出された課題を踏まえ、Synthetixの既存のコントラクト、ユニットテスト、デプロイスクリプトをそのまま利用可能にし、Synthetixが利用するThe Graphやburner walletなどのツールとの接続も可能にした。
今回公開されデモはOVMの性能をテストするものであり、具体的には以下の機能が実装されている。
(引用:https://medium.com/ethereum-optimism/synthetix-exchange-meets-the-ovm-2de3a572d6df)
また、暫定的な統計データは以下の通りである。
Oracle update latency:
- Mainchain Ethereum: >15 seconds
- Optimistic Ethereum: ~400ms
Oracle update gas costs:
- Mainchain Ethereum: 394.2k gas
- Optimistic Ethereum: 14.5k gas (calldata usage can be optimized to < 3.5k gas)
Exchange gas costs
- Mainchain Ethereum: 472.2k gas
- Optimistic Ethereum: 3.3k gas
Exchange latency
- Mainchain Ethereum: >15 seconds
- Optimistic Ethereum: ~200ms
今回のテストでは実際に試してもらうインセンティブとしてトレーディングのコンペティションも同時に開催しており、5月の5~19の間で優秀なトレード成績を収めた上位20名に対して総額50,000 SNX、最優秀者には15,000 SNX(約12000ドル)の賞金が用意されている。コンペの参加はl2.synthetix.exchangeから可能であり、Twitterを通じて頭金として100,000 OVM sUSDを誰でも取得することができる。
(引用:https://l2.synthetix.exchange/trade/sBTC-sUSD)
Optimistic RollupはLayer2のスケーリングソリューションとして大きく期待されており、今回のテストでどのような成功と課題が得られるか注目が集まる。
Section2: ListUp
1. Bitcoin
●DLCとLightning Networkのインテグレーションについてのペーパー
●Scaling DLC Part1: Off-chain Discreet Log Contracts
2. Ethereum
●Ethereum 2.0のマルチクライアントTestnetローンチは、今年夏ターゲット
3. Bitcoin/Ethereum以外
●IPFS、コンテンツルーティングプロセスの速度向上へネットワークアップグレード
●Distributed Auditing Proofs of Liabilities
ZKProof WorkshopでCaribraチームが発表したもの
暗号化された値で残高を合算して合計負債額を算出し、個々のアカウントには残高に含まれるかの検証チケットを発行
分散型監査をプライバシーを保護しながら可能とするもの
4. 統計・リスト
●Liquidサイドチェーン上のL-BTCやLiquid assetを参照するLiquid Explorer
5. 論考
●Stanfordの暗号学テキストブック。暗号の基本から公開鍵・ゼロ知識証明やMPCなどのプロトコルまで
●Hyperledger Fabricによる証券発行のDvP決済実装を公開
●ブロックチェーンがインターネットから学ぶべきこと〜村井純・松尾真一郎対談
●さらばPepecash ~Pepecashの歴史を振り返る in 2020
6. 注目イベント
●IIW (4/28-4/30、オンライン開催)セッションノート
●ZKProof Workshop (4/20-5/21、オンライン開催)毎週月曜と木曜に3時間ずつ開催
●Eurocrypt 2020(5/11–5/15、オンライン開催)
●IEEE S&P: 41st IEEE Symposium on Security and Privacy(5/18–5/20、 San Francisco)
●Blockchain Core Camp Season3(TBD)
●TPMPC 2020: Theory and Practice of Multiparty Computation Workshop 2020:(5/25–5/28、オンライン開催)
●CRYPTOLOGY2020: 7th International Cryptology and Information Security Conference 2020(TBA)
●SECRYPT 2020: 17th International Conference on Security and Cryptography (7/8–7/10, オンライン開催)
●Crypto 2020 (8/16–8/20, 開催未定)
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