今週の注目トピック
Taisho Nishiiより
2019年4月より発刊してる、LayerX Newsletterの購読者数が600人を超えました。多くの方に読んでいただき、執筆者一同感謝申し上げます。日進月歩でアップデートされていく領域であり、これからもできるだけ最新の情報をお届けできるよう努めてまいります。
さて、今週のTech編は、まず、Ethereum Foundationのプロジェクトの進捗をとりあげています。続いて、クロスチェーンにおける担保型ローンAtomic Loansの仕組みの解説。そして、最後は世界経済フォーラムが発表したブロックチェーンの相互運用性についてのトピックとなります。List編と合わせてご覧ください。
Section1: PickUp
●Ethereum Foundationのプロジェクトの進捗一覧
Ethereum Foundation(以下EF)がサポートするプロジェクトの進捗状況に関するアップデートをまとめた公式ブログの記事が出たので、今回はその中から興味深いものをピックアップ。
EFは昨年も6月と12月に同様のブログを公開しており、それに続く形。なお、先々週EFからEcosystem Support Program(助成金プログラム)に参加しているチームに関する同様のアップデートがあったが、今回の記事はEFが直接運営しているプロジェクトに関するもの。
一つ目は、ゼロ知識証明(ZKP)の応用に関するプロジェクト群。EFはかねてよりZKPの研究に熱心で、Ethereum関連の色々なユースケースでの応用を模索している。中でも代表的なものが、zk-SNARKsを用いたプライバシーモジュールのSemaphore。Semaphoreは様々なユースケースに使える汎用モジュールで、具体的にはコインのミキシング(MicroMixという名前でテストネットにて稼働中)、匿名のログイン/DAO/投票などが挙げられている。
次に、WebAssemblyベースのEthereumのバーチャルマシン(VM)を開発するeWASMのアップデートを紹介する。eWASMはブロックチェーンの基本的な状態遷移のコアであるため、現在はVMの設計開発に限らず他の様々なプロジェクトと関係しており、スコープが拡大している印象である。例えば、Stateless Ethereumというブロックチェーンのステートサイズ肥大問題解決のためのプロトコルや、Eth2.0のクロスシャードトランザクション、SNARKsの高速化のための実装最適化などが今回の記事で触れられている。(eWASMの概要については少し古いがこちらの記事もご参考までに。筆者中村がブロックチェーン業界に来て最初に書いた記事です!)
スマートコントラクトの形式的検証(Formal verification)もEFがかねてより重視しているトピックで、今回もアップデートがあった。まず紹介したいのはActという形式的仕様記述言語である。Actはコントラクトのロジックをシンプルに記述できるだけではなく、コントラクトストレージ変数に関する不変条件など、従来検証しにくかった項目も、Actの仕様の「上で」(バイトコードを触らずに)検証できるとのこと。また、検証のバックエンドを選択でき、Coqの定義, K Frameworkの仕様, SMT定理のどれかに落とし込むことが可能。Actの他には、コントラクトのABIのデコーダー・エンコーダー自体を検証するプロジェクトも動いている。
最後に、Go製のEthereumクライアントGethのアップデートに関して取り上げる。Ethereumの研究開発というとどうしてもEth2.0や上記のゼロ知識証明など派手で新しいものが注目されがちだが、今現在稼働していて、多額の資産が乗る現行のEth1.0チェーンを改善する努力も見逃してはならない。具体的には、最近リリースされたDNSを用いたピア検出の仕組みでデフォルトのピアリストがクローリングにより現在1150ノードまで増えていることや、トランザクション伝搬のネットワーク帯域の削減、ステート読み出しのルックアップをO(1)にする改善などが挙げられている。
記事には他にもたくさんのプロジェクトのアップデートが紹介されている。エコシステムの一員として、自分たちがどこで貢献できるかを考える良いきっかけになると思う。
●$2.45Mの調達と貸し出し機能のベータ版を発表したAtomic LoansのHTLC型ローンの仕組み
Atomic Loansはクロスチェーンの担保型ローンを提供するシステム。具体的には、EthereumベースのUSDステーブルコインをビットコインを担保に貸し出しを行う。システムの概要は大きく2つに別れ、借入〜返済パターンと返済失敗による清算パターンがあり、以下のようになりる。ただしAliceは借り手、Bobは貸して、Davidは清算者になる。
借入〜返済
1. AliceとBobはオフチェーンでローンの取引内容に同意。
2. AliceはBitcoinの無効な署名付きトランザクションを作ることでアドレスに担保に必要な資産があることをBobに証明。
3. BobはEthereumのコントラクトに貸し出す分の資産を移す。
4. Aliceは2つのP2SHにBitcoinにロック。一つは返金用。もう一つは差し押さえ用。
5. Aliceによる担保のロックが完了するとBobはコントラクト上のアセットをAliceに解放。AliceはプリミティブA1の公開を引き換えにBobの貸し出したアセットを取得。A1はタイムアウト後にBobが差し押さえ用のBitocinを引き出すことを可能。
6. Aliceはローンを返済し(借入分+利子)、Bobがこれを取得するとプリミティブB1が公開される。B1によりAliceは全てのロックしたアセットを回収。
借入〜返済フロー
清算(返済に失敗した場合)
1. Aliceがロックした担保は最大7%の割引で売りに出される。
2. 清算者Davidは清算に必要な額をEthereumのコントラクトにロック。この時プリミティブD1のハッシュを公開。
3. AliceとBobは2つの担保をD1でロックされた新しいP2SHに移動させる署名を作成。
4. DavidがD1を公開しない場合に備え、AliceとBobはタイムアウト後に元のP2SHに戻す署名を作成。
5. AliceとBobは4の署名に合意し、プリミティブA2とB2を公開。
6. AliceとBobの署名とA2とB2によってP2SHの担保はD1でロックされた新しいP2SHにそれぞれ移動。
7. DavidはP2SHの担保を取得。この時D1が公開される。
8. AliceとBobはD1を使って Ethereum上のDavidがロックした資産を取得。
清算フロー
AliceとBobが取得に失敗したらDavidのアセットはタイムアウト後に返却される。清算は最大3回まで行われ、全部失敗した場合二つの担保のうち返却用はaliceへ、差し押さえ用はBobへ。
liveness問題
AliceとBob両方がオンラインであることは難しいのでエージェントに全て委託することも可能。清算時はAliceとBobとエージェントのうち3人の署名を要するなどマルチシグで対応。BitcoinとEthereumの両方で各昨日が規格として提案されている。(BIP 197 — Hashed Time-Locked Collateral Contract、ERC 1850 — Hashed Time-Locked Principal Contract Standard)現在はバージョン1ですが、バージョン2ではとトラストレスなPrice Oracleが導入予定と今後にも注目が集まります。
●世界経済フォーラム、相互運用性に関するホワイトペーパーをDeloitteとの共著で発表
COVID-19のパンデミックが、グローバルなサプライチェーンの脆弱さを浮き彫りにしている中、世界経済フォーラム(WEF)が、 サプライチェーン間の相互接続性・相互運用性の重要性、サプライチェーンエコシステム全体における利害関係者の相互協力への動機付けの重要性を唱えつつ、その解決策の一つとして、ブロックチェーンの相互運用性(interoperability)を挙げ、その現状、課題、重要性について概説したホワイトペーパーを公表した。WEFは2019年4月8日発表のPart1以来、不定期に新Partを公開しており、今回はPart6にあたる。
結論としては、WEFは、ブロックチェーンの相互運用は可能性がある領域ではあるとしつつも、広く応用されるにはまだまだ課題が残っており、特に、現状では「企業レベルでの利用においてはまだ未熟」と強調している。
本ペーパー内においては、ブロックチェーンの相互運用について2種類あると説明。1つは、Digital asset exchangeであり、これは、異なるブロックチェーン上のアセットを、信頼された仲介者(中央取引所など)なしで交換することを指す。もう一つは、Arbitrary data exchangeであり、これは、一方のブロックチェーン上でスマートコントラクトが実行された場合に、他のブロックチェーンにも影響を及ぼすようなデータ交換を意味する。特に、船荷証券(BoL)の受け渡しや、それに伴う決済が発生するようなサプライチェーン上では、後者が必要とされている。
また、本ペーパーでは、「異なるブロックチェーン同士の接続」を相互運用性(blockchain-to-blockchain interoperability )とした上で、以下のとおりモデル化し、それぞれについて課題をあげている。
ビジネスモデルレイヤーの課題:ガバナンスの欠如(双方のガバナンスを信頼できるか)、データの標準化への対応、商業的価値の欠如、法的枠組み
プラットフォームレイヤーの課題:コンセンサスメカニズム・スマートコントラクト・認証方法・権限付与の違い
インフラストラクチャーレイヤーの課題:ハイブリットクラウドの脆弱性、マネージドブロックチェーン故の中央管理者の存在、プライベートチェーン独自のコンポーネント
その上で、相互運用性の実現にあたっては、それぞれpros/consがあり、また、発揮される相互運用性についてはシステム設計に大きく依存するとした上で、3つのアプローチを紹介している(クロス認証、API Gatewayの活用、オラクルの活用)。そして、4種類に大別されるビジネス上の企業間の関係性と、3種類に大別される実現したい相互運用性に応じてそのアプローチを使い分けるのが適切と紹介(下図参照)。例えば、金融取引において、異なるブロックチェーン間での相互運用性を実現したい場合(この場合上述の課題により、相互互換性は担保できない)は、API Gatewayを活用するというアプローチが正しいことになる。
出典:http://www3.weforum.org/docs/WEF_A_Framework_for_Blockchain_Interoperability_2020.pdf
最後に、ブロックチェーンにおける相互運用性についての現状を述べている。総じて、現状においては、BTCとETHなどのパブリックブロックチェーンを活用するもの以外で、異なるブロックチェーン間の相互運用性を生み出すことに成功したものはないというスタンス。取り組みが進んでいるとみられている、リレー型相互運用性プロジェクトは、依然としてprivate/permissionless型ブロックチェーンにしか利用してされていない、取り残されていると指摘した。一方、Hedera Hashgraphの「ヘデラ・コンセンサス・サービス(HCS)」については、ブロックチェーン間の相互運用性において有望なように見えると評した。
また、APIがその実装の容易性などから広く利用されている状況であるということも紹介しながら、オフチェーンのアプリケーションとブロックチェーンの間を繋ぐことはできても、ブロックチェーン同士の相互運用性を実現するにはまだまだ未熟である、とした。
ブロックチェーンの相互運用ソリューションを立ち上げたのは、唯一Microsoftのみとの評価。なお、2018年10月時点で同社はナスダックと組み、Azureブロックチェーンテクノロジーとナスダックフィナンシャルフレーム(NFF)を統合する予定だと発表している。
ここまで述べたように、ブロックチェーンの相互運用性については、解決すべき課題が残っている。一方で、LayerXとしてもCordaと他の種類のブロックチェーンを相互接続するためのソリューションとなる 「Cordage」 を開発しており、各社も開発研究を進めているところ。WEFも次回発表予定のホワイトペーパーPart7においては、ブロックチェーンの相互運用性についてホリスティックアプローチによる調査結果を発表するとしているため、引き続き各社の動向、およびWEFの発信内容には注目していく。
Section2: ListUp
1. Bitcoin
●「Simplicity — Next-Gen Smart Contracting」ウェビナーの模様トランスクリプト書き起こし
●LSAT(Lightning Service Authentication Token)のホームページ
●LSAT(Lightning Service Authentication Token)の詳細
●2P-ECDSAを必要とせずHTLCを代替する半Scriptlessプロトコル
2. Ethereum
●liveness・safety保証の観点からのCasperFFG 解説記事
●Eth2.0におけるCasperFFG解説記事。Slots, Epochs, AttestationsやFork Choice RuleおよびValidator Scheduleについて
●AlibabaクラウドのBaaS上へのEnterprise Ethereum実装についてのウェビナー
3. Bitcoin/Ethereum以外
●Polkadotより「An Introduction to Polkadot」ライトペーパーが発行
●bitFlyer Blockchain、「miyabi」のクラウド提供を開始
●IDPro、デジタルアイデンティティに関するBody of Knowledgeを発行
●GitHub DIDのDecentralized IdentitiesやVerifiable Credentials向けオープンソースライブラリ、参照インターフェース
4. 統計・リスト
●Devconの過去アーカイブ集「the Devcon Archive」がオープン
5. 論考
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