今週の注目トピック
Takahiro Hatajima(@th_sat)より
米国における中銀デジタル通貨トピックは「Digital Dollar Project」に注目が集まっていましたが、ここにきて連邦準備制度理事会(Federal Reserve Board, FRB)の取組が相次いで発表されました。
デジタルアイデンティティ関連の取組が、実証実験段階ではありますが日本でも具体的に動き始めたので、その動向を海外の実用事例とあわせて紹介します。
保険業界に目をむけると、スマートシティ法案の成立を受けてか、MaaSx損害保険関連の取組がこの1ヶ月で相次いでいますので、その動向を俯瞰しています。
List編とあわせて、ご覧ください。
Section1: PickUp
●米FRBによるデジタル通貨への取組みが本格化
米国の中央銀行制度においては、小口決済システムFedACH、大口決済システムFedWireが運用されている他、目下インスタント決済システムとしてFedNowの構築が急がれている。その中、最高意思決定機関であるFRBが中央銀行デジタル通貨(CBDC)について、複数のアナウンスを行ったので、その概要を俯瞰したい。
まず一つ目は、2019年にFRBが実施した小規模実験「FooWire Project」である。これは、独立かつ客観的にペイメントむけポテンシャルを評価することを目的として、Hyperledger Fabricを用いてペイメントシステムを構築したものだ。chaincode(=スマートコントラクト)上に使いすぎを禁じたり取引額の上限設定といったルールセットを記述するといったことが可能なことを確認できたという。DLTベースのペイメントシステムを大規模に適用していく上では、セキュリティやスケーラビリティおよびプライバシーについては厳格な評価が必要なことから、FRBでは「継続して研究を行い、利用におけるリスクや弱点を特定していく」としている。
二つ目は、FRBとサンフランシスコ準備連銀による「イノベーション・オフィス・アワー」において、FRBのLael Brainard理事が行ったスピーチ“An Update on Digital Currencies”である。この中では、「テクノロジーラボ」を通じてデジタル通貨のユースケースに関する研究・実験に取り組んでいることに言及した。さらに、ボストン準備連銀とMITが協働で仮想の中銀むけデジタル通貨の構築・テストを行うプロジェクトを発表した。得られた知見や開発したコードベースはオープンソースとして公開する予定とのこと。
三つ目は、既存システムとCBDC間で便益を比較したレポートの発表である。現金およびRTGS(リアルタイムグロス決済)といった既存ペイメントシステムとCBDCの比較を、7つの評価軸(アクセス性・匿名性・無記名性(bearer instrumentality)・独立性・運用効率性・プログラム可能性・可用性)で行っている。CBDCも現金とRTGSが持つ全ての特性を同時に備えることはできないため、優先して改善を行う項目を定めた上で、最適なアーキテクチャを選択することが必要だとしている。米FRBは、こうした判断が「CBDCが革命的なものになるか、それとも単なる既存手段の改善に留まるか」を左右する、として結んでいる。
その他、米FRBのエコノミスト等からは、CBDCのトークン型・アカウント型という区別に疑問を呈する記事も発表された。
このように、FRBとして、CBDCのデザインにむけた指針を示したことは興味深い。今後、各国の中銀デジタル通貨が何を優先的に実現するのか、そしてそれに最適なデザインはどのようなモデルであるべきなのか等、具体的な深掘りの進展に期待したい。(文責・畑島[@th_sat])
●デジタルアイデンティティの取組、慶大・パーソルキャリアなど国内外で相次ぐ
デジタルアイデンティティの実現にむけて、複数サービスを横断した突合せや共有を行う上で、ブロックチェーンが有効な手段として実装が進んでいる。また、ポータブルなものとする上では自己統治型アイデンティティ(SSI)が注目されている。
パーソルキャリアとNECが、ブロックチェーンベースのリクルートサービスのPoCを発表した。求職者がスキルチェック結果を送信すると、レジメ情報が登録され、企業は求職者の同意を元に取得できる等、SSIのコンセプトが特徴だ。
また、慶應義塾大学が、ブロックチェーンを用いた情報の管理・活用にむけた取組を発表した。学生によるパーソナルデータの開示先・開示範囲・開示期限のコントロールに加え、開示したデータ消去も可能であり、この例もSSIに近いといえる。
海外諸国では、PoCに留まらず、ブロックチェーンベースのデジタルアイデンティティの実用化が進んでいる。韓国では、ブロックチェーンベースのデジタル運転免許証PASSアプリの利用者が100万人に到達したと発表され、通信大手3社が各種サービスむけ認証に利用できる。韓国世宗市ではスマートシティと自動運転車両間の間におけるデジタルアイデンティティ検証むけプラットフォームが開発中だ。
この他、この1週間の間にも、英国政府がアイデンティティチェックのパイロットをローンチした他、UAEではブロックチェーンベースのアイデンティティのアーキテクチャ構築が進んでいることが明らかになった。
さらには、これらが国・地域を横断したものへとステップアップが進行中だ。シンガポールは、豪州との間でデジタル経済協定を締結しており、データフローやデジタルペイメントに加えて、デジタルアイデンティティ分野での協力が盛り込まれた。加えて、深圳との間でも、スマートシティのデジタルアイデンティティでクロスボーダー提携を発表する等、アジア太平洋をまたぐ三国連携体制が形成されつつある。
グローバルな枠組みとしては、FSB傘下で、Legal Entity Identifiers (LEI)実装にむけて設立されたGlobal Legal Entity Identifier Foundation (GLEIF)が、ブロックチェーンを用いたSSIのパイロットに取組むことを明らかにしており、デジタルアイデンティティを用いたトラステッドなビジネス関係構築が求められる時代が近づいている。
日本政府においても、「デジタル社会構築タスクフォース」において、データの信頼性(ブロックチェーンや秘匿計算)やパーソナルデータ取扱(SSI)・分野間データ連携が取り上げられている。アイデンティティを始めとしたパーソナルデータの安全な管理は、デジタルガバメントやスマートシティの文脈における分野横断サービスの礎として、国際競争力の観点からも急務であり、引き続き注目したい。(文責・畑島[@th_sat])
●国内損害保険会社におけるMaaS領域への取り組みが活況
MaaS領域に対する国内損害保険会社の動きが活発化している。この1週間でも2つのニュースが飛び出した。本トピックでは直近の各社の取り組みを紹介する。
MaaSとは、交通をクラウド化し、マイカー以外のすべての交通手段による移動を 1 つのサービスとしてとらえ、シームレスにつなぐ新たな「移動」の概念である。
人の移動が発生する際に必ず検討されるものが、移動時の事故等に対して補償がなされる保険である。MaaSアプリが日常的に利用されるようになると従来の自動車事故に対する金銭補償にとどまらない範囲でサービスを提供することが可能になる。
例えば、手配していた航空機が遅延した際に代替手段である新幹線のチケットを手配する、悪天候により旅行先でのアクティビティが中止となった際に、他の観光スポットへの移動費用を負担する、などその姿は様々なものになるであろう。
また各アプリや移動事業者とのデータ連携により、保険金支払い・補償提供までのスピードは格段と早くなるであろう。自動的に補償内容が算出され、即時に補償が完了するスピードが求められる。
このような「MaaS保険」の実現に向けて、国内損害保険会社が大きく手を打ち始めている。直近約1ヶ月間の取り組みを紹介する。
1. 東京海上日動は7月16日、JR 東日本とMaaS 社会実装推進と新たな保険サービスの共同開発に向けた業務提携を発表した。
・JR東日本と東京海上日動が提携契約の締結を発表。協業の第1弾として、今冬「代替交通手段としての MaaS サービス提供」をテーマに掲げ、JR 東日本が提供する Suica や MaaS サービス「Ringo Pass」を活用した新たな保険サービス開発に向けた実証実験を実施する。
2. あいおいニッセイ同和損保はMaaS領域において直近3社との提携・協業を発表している。
・7月29日:あいおいニッセイ同和損保とスポットツアー with コロナ時代の新たな MaaS 向け保険商品の開発に向けた協業取組を開始
・8月3日:MaaSプラットフォームを提供する欧州 Trafi 社との業務提携について
・8月6日:あいおいニッセイ同和損保と NearMe 地域活性化に貢献する新たなモビリティサービスの開発に向けて業務提携を締結
3. SOMPOホールディングスは8月17日、損保ジャパン、ナビタイムジャパン、LayerXと共同でブロックチェーン技術を活用した MaaS 領域における実証実験を開始した。これは事故発生の自動検出と保険金支払業務自動化という2つの技術検証を目的とした実証実験で、実際の消費者からモニターを募り、鉄道遅延に対してデジタルクーポンという形で補償を提供する。
政府推進のもと急速に実現に向かうスマートシティに足並みを揃える形で、新しいMaaS保険の開発が進められている。MaaSアプリが普及する頃にはより便利で快適な移動と、それに紐づく様々なサービスを受けることができるようになるだろう。多くの事業者とデータ連携をする場面も多く、ブロックチェーンの活用も期待される。実際の商品が発表されたら続報を配信していく次第である。(文責・梶原[@kajicrypto])
Section2: ListUp
1. 中銀デジタル通貨
●デジタル人民元、パブリックパイロットをグレーターベイエリア(広東・香港・マカオの粤港澳大湾区)で実施へ。テストプログラム展開は北京・天津・河北省・揚子江デルタ・広東省ふくむ大都市圏から
●北京大学の国際戦略研究所による、中国や日米欧の中銀デジタル戦略の解説記事。デジタル人民元については一帯一路との関連性について説明
2. 暗号資産/デジタル通貨関連サービス
3. スマートな社会・産業
●ブロックチェーン用いたオンライン投票に関して、米郵便公社が示した「Secure Voting App」イメージ(特許)
●三菱商事グループの金属商社三菱商事RtMジャパン、SkuchainのブロックチェーンEC3用いたサプライチェーンの管理&ファイナンスシステムをローンチ
4. デジタル化へむけた政策議論
●(特になし)
5. デジタル金融関連
6. 規制動向
●独当局、ブロックチェーン用いたデジタル証券に関する法案提出
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