今週の注目トピック
Satoshi Miyazaki(@satoshi_notnkmt)より
今週のニュースレターTech編では、プライバシー技術「Night Fall」で注目を集めたEYが公開したゼロ知識証明技術の新規コンポーネントのニュースと、欧州中央銀行のAMLと匿名性を両立させたCBDC(中銀デジタルマネー)に関する実証実験結果について、そしてLightning Networkの2019年の主要な開発結果について、まとめてご紹介します。Pick編と合わせてご覧ください。
Section1: PickUp
●EY、ゼロ知識証明ブロックチェーン技術をパブリックドメインリリースと発表
現時点においては、パブリックチェーンを商用利用している企業はほとんど見られないが、それ自体はセキュリティやプライバシーといった今日の制約を考えると驚くものではない。しかしブロックチェーン技術のエコシステムにおいて、こうした制約を解決しようとするイノベーションは急速に進展している。そうした中で、パブリックチェーンの可能性も徐々に認識されつつあり、 EYが発表した報告によれば、回答した企業の75%が「将来的にはなんらかパブリックチェーンを利活用するだろう」という見方を示している。
今回EYが発表した、ゼロ知識証明技術の新規コンポーネントには、複数の署名を纏めるツールと、オンチェーンマークルツリーのサイズを削減するソリューションが含まれる。この組合せを通じて、 パブリックチェーン上で複数のプライベート送金を単一トランザクションに組み合わせるトランザクションバッチが可能となり、一度に最大20トランザクションをゼロ知識証明で処理できることに加え、トランザクションあたりコストを$0.05へ削減できるとしている。こうしたトランザクションコスト低減を通じて、パブリックチェーンにおけるプライバシーソリューションが一層スケーラブルになっており、2018年秋にEYが公開した初期プロトタイプから実に400倍の改善をみているとのこと。
今回の発表は、ゼロ知識証明技術の産業適用を進展させ、企業の商用利用における適用技術が、プライベートチェーンからパブリックチェーンへとシフトしていく潮流において、重要なマイルストーンになる可能性がある。これまでのブロックチェーン導入プロジェクトは、トランザクションのプライバシー等の観点から、プライベートネットワークに大きく依存してきた。しかしそうした構成をとる場合も相互運用性などの課題があることが認識されてきている。一方で、パブリックチェーンは相互運用性の課題は小さくなっていくと見込まれ、適切に構築すれば、ゼロ知識証明などの技術を用いて厳格なセキュリティやプライバシーコントロールが可能だ。今後は徐々に、プライベートネットワークのトレードオフを評価した上で、パブリックチェーンの便益を視野に入れたパブリックチェーンの導入事例が増えていくかもしれない。
EYはこれとは別にスマートコントラクトおよびトークンのテストサービス「Smart Contract Analyzer」をパブリックベータ版として発表した。これはEYがイスラエルのセキュリティラボで開発したものであり、マルウェアやコーディングエラーなど250種類の標準的テストをカバーし、コントラクトやトークンのリリース前のテスト・モニタリングを可能にするものだ。
パブリックチェーンにおけるプライバシー、スマートコントラクトの安全性などの課題を解決するソリューションが、徐々にエンタープライズレベルに迫りつつある。2019年は、ブロックチェーンの利活用がPoC中心から商用化へと舵を大きく切った1年だったが、2020年もこうしたエンタープライズ分野における利活用と、それを支える技術開発に注目していきたい。
●ECB、中銀デジタル通貨の低額トランザクションにおけるユーザープライバシーとAMLの両立についてコンセプトペーパーを発表
中銀デジタル通貨が経済のメインストリームに組み込まれることになったとき、あらゆる金融トランザクション情報の取り扱いについて、中央銀行を完全に信頼することについては、様々な捉え方があると思われる。そうした背景を踏まえ、ECBはこのほど「中銀デジタル通貨における匿名性」に関するPoCのコンセプトペーパーを発表した。
これは、CBDCにおける匿名性のPoCを行うべく、European System of Central Banks (ESCB)として、分散台帳ベースのEUROchain research network を構築したものだ。システムはCorda上で構築され、デジタル通貨を中銀が発行し、トランザクションの処理には仲介機関に依存する2階層モデルを採用している。ユーザーのアイデンティティや取引履歴を、ユーザーが選択した先以外の中銀や仲介者から見えない匿名トランザクションを可能とする一方で、「anonymity vouchers」を導入することによって、匿名送金を定められた期間における一定額についてのみに限定する考えを示している。
「anonymity vouchers」のアイデアを導入することによって、AML機関に情報を明かすことなくトランザクションを行いたい場合に、「anonymity vouchers」を消費することによって、匿名消費可能な量を制限する仕組みを導入している点が特徴的だ。時間限定の「anonymity vouchers」をAML機関が一定時間間隔ごとにユーザーへ発行する仕組みになっている。このバウチャーには上限があり、所定のタイムフレームにおいて制限枠内のCBDCのみを消費可能としている。送りたいトークンと同数の匿名バウチャーを保有している必要があり、十分なバウチャーを持っていなければ、匿名で送金することはできない。バウチャーはユーザー間で譲渡することができず、他人のバウチャーを使って匿名消費可能な金額を水増しすることができない。
今回示された設計が実際にECBの中銀デジタル通貨として実装されることになったわけではないものの、高額トランザクションにおいてはAML/CFTチェックを必須とする一方で、少額トランアクションにおいて一程度のプライバシーを可能にする中銀デジタル通貨ペイメントシステムが可能であると示された。
ECBとしては、先日もラガルド総裁が、デジタル通貨/Stablecoinについて、「多くのプロジェクトが水面化で動いており、先回りして動くべき、なぜなら明確な需要がありそれに対応せねばならないからだ」との旨を言及したばかりであり、併せてデジタル通貨タスクフォースを組成することも発表された。今回のコンセプトモデルでは、「anonymity vouchers」のアイデアが骨格となっており、ゼロ知識証明やenclave computingなどのプライバシー技術については言及されてないが、今後のECBによるデジタル通貨に関する取組みに引き続き注目していきたい。
●2019年のLightning Network領域における開発を振り返る
2019年は、Lightning Network(LN)の領域において、数々の目覚ましい技術的進展が見られた1年であった。ここで今年起きた出来事で主要なものについて、振り返ってみていきたい。
ネットワークのノード数について見ていくると、2019年の1月1日時点で2,298台であったノードは、6月30日の時点で4,576台を数え、約2倍に増加した。そして9月26日の時点で10,000台を突破したことが報じられ、急速な成長を遂げたことが伺える。
HTC Exodus 1など、ブロックチェーンウォレットを備えたモバイル端末が登場し続け注目を集める中、よりサードパーティノードへのTx検証依存度を下げる手段として、BIP157とBIP158に基づいて開発された「Neutrino」と呼ばれるライトクライアントが登場し、話題になった。他には、LN上での不正を監視する「Watch Tower」の提案が登場するなど、セキュリティ面での改善に向けた動きも見られた。
リクルートの投資ファンドからも出資を受けたことで話題になったイスラエルのBreez社は、iOS/Android向けにLNを使った決済アプリ、及び店舗向けのノードを 公開した他、非同期でのLN決済を可能にする「Lightning Rod」についても発表を行った。(Issue #32で紹介) 国内企業としては、Nayutaが福岡のawabarにてLN決済の実証実験を実施した他、Bitcoinのフルノード/SPVノードのハイブリッドモードを搭載したウォレットを開発したことを発表し、話題を集めた。
近日では、Blockstreamから、LNでの大口決済を可能にするAtomic Multi-path Paymentの実証が完了し、クライアントでの実装について公開予定であることを発表した(Issue #37で紹介)。1年を振り返り、数多くの技術的進展がある同領域の今後の発展について、引き続き注目していきたい。
Section2: ListUp
1. Bitcoin
●コンソーシアムチェーンを意識したPtarmigan x Elementsの取組み
Ptarmiganを改造してElementsサポートのLightning Networkノードと接続。単純な送受金を実施したとのこと
●ACINQ、LightningウォレットPhoenixをリリース
モバイルウォレット、チャネル管理、Submarine Swap、Watchtower、Fiat相互運用性
2020年にはAMPやWumbo channels、トランポリンルーティングに注目
●Bitcoin Optech Newsletter#75の和訳リリース
2. Ethereum
●Eth2.0のクロスシャードコミュニケーション。Consensus層(シャード間メッセージのデリバリー)、Execution層(シャード間の送金・コントラクトコールのインターフェース)
●Ethereumスループットの対比。Istanbul & ZkRollupによって、32tpsから2048tpsへ向上
●Parity Technologies 、Parity Ethereumコードベースのオーナシップ・メンテナをOpenEthereum DAOへ移管
●AZTEC、PLONK ZK-Snarksのベンチマークテスト結果を公表。スケーラブルなプライバシーソリューションとして前進
●Chainlink、合成アセットプラットフォームSynthetix と協業し分散価格フィード
従来は集中型オラクルに依存しフロントランニングのリスクもあり、分散オラクルとすることで安全で正確なオフチェーン情報を入手することで検閲耐性あるDeFiを目指すとのこと
●分散型Oracle(Chainlink)を GKE x CloudSQL で構築してみる
●OpenLaw、Internet of Agreementsの実現へ向けてOpenLaw Nodeリリースへ
P2PマネーとしてのBitcoinに対してP2P契約を目指す
中央サーバ介することなく、暗号化された合意事項の送信・実行を可能に。P2Pでアクセス可能な合意事項ネットワーク形成
●スマートリーガルコントラクトClause、契約データの不整合を検証するClause Verify
手作業によるミスを含んだまま署名されることを防止。IACCM調査によると43%の回答者が「インボイスの正確性検証がアドホックでありシステムサポート不十分」と
承認・ライセンス無い参加者がいないか、価格がリストと不整合ないか、銀行口座など資格証明は不正確でないか、サービスがスコープ外でないか等を事前検証
DocuSignがClauseをインテグレートし、不正確な契約データは署名を許可しないワークフローを生成可能とし、管理コストやエラー対応を低減。締結後もモニタリングしアラート
3. Bitcoin/Ethereum以外
●Corda、エンタープライズエディションv4.3が利用可能に
●Libra Association、Libra Core(Libraネットワークの中核ソフトウェア)のロードマップ第2版を発表
4. 統計・リスト
5. 論考
●暗号資産の署名鍵を取り扱うサービスに関する調査(CGTF ディスカッション・ペーパー)
●UNDERSTANDING CRYPTOECONOMIC DESIGN
●Kraken Security Labs、Keepkeyハードウェアウォレットの脆弱性を指摘
6. 注目イベント
●Financial Cryptography 2020(2/10–2/14 at Kota Kinabalu, Sabah, Malaysia)
●Workshop on Coordination of Decentralized Finance(2/14 at Kota Kinabalu, Sabah, Malaysia)
●Stanford Blockchain Conference (2/19–2/21 at Stanford)
●EthCC(3/3–3/5 at Paris)
●Hyperledger グローバルフォーラム(3/3–3/6 at Phoenix, Arizona)
●EDCON(4/3–4/7 at Vienna, Austria)
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