今週の注目トピック
Satoshi Miyazakiより
今週のニュースレターTech編では、Visaによる「LucidiTEE」の発表と、スイス証券取引所SIXの発表した「未来のお金」のホワイトペーパーから見る、将来の決済やマネーを取り巻く世界観について、そして12月2日にアップデートを控える0xプロトコルのバージョン3について、取り上げています。Link編と合わせて、ご覧ください。
Section1: PickUp
●Visa、複数参加者が合同で大量のプライベートデータについて計算可能とする「LucidiTEE」を発表
TEE(Trusted Execution Environment)は、大規模な暗号化されたデータセットを用いて、プロセッサーの安全区画(Enclave)内で効率的・安全に計算を行うのは得意とされる。その一方、データを扱うストレージソフトやネットワークまで含めてはトラストが及ばないため、攻撃者が結託したメンバーに対してだけアウトプットを送るといった事象を回避できないといった課題がある。また、MPC(Multi-Party Computation)は、正しい計算が処理されるものの、全参加者がオンラインである必要があって使いにくい。
LucidiTEEは、こうしたTEEやMPCの課題を踏まえて提案されたもの。他TEEと異なり、計算履歴むけ共有台帳を用いることによって、アウトプットを操作しようとする悪意あるアクターから保護する。アウトプットが一つの受けて送られると、全ての受け手に対して送られる機構となっているため、全ての受信者に対して公平なアウトプットのデリバリーを確保できる。また、MPCと異なり、インプット提供者がオフライン時であっても対応可能。
TEEと対応する共有台帳としては、テストでは、Tendermint および Hyperledger Fabricが利用されている。今後加えて、Algorand や Ethereum 2.0など、PoS型ブロックチェーン上でも利用できるとしており、来年には対応予定。
このように、LucidiTEEを用いることによって、大規模なプライベートデータを用いた計算を、複数の参加者が合同で行うことができるようになる。例えば、データ集約者に依存することなしに、複数参加者の間でデータ共有・集約を行うことができる。暗号化された取引履歴について、個々のトランザクションを明かすことなしに集約できるため、詐欺対策むけ機械学習アルゴリズムの訓練に用いたりすることが可能。
ブロックチェーンの利活用が進む中において、ゼロ知識証明やMPC・TEEといった秘匿・匿名化ソリューションへの注目が高まっている。Hyperledger Avalonのように、トラストされたオフチェーン計算にフォーカスしたプラットフォームも登場しているほか、TEEと分散オラクルを用いてTrusted Computingを行うTrusted Computation Framework(TCF)が、Intel・Chainlinkより発表などしており(10/15付Newsletter)、LucidiTEEをはじめとする技術動向から引き続き目が離せない。
●スイス証取(SIX)の発表した「未来のお金」から見えるマネーの将来像
スイス証取(SIX)は、SIXデジタル取引所(SDX)のパイロット版をローンチするなど、ブロックチェーンを用いたデジタル金融への準備を着々と進めている。また、国際決済銀行(BIS)やスイス国立銀行と協力し、金融機関間のセツルメント用デジタル通貨の共同研究を立ち上げるなど、デジタル通貨についても熱心に取り組んでいる(10/14付Newsletter)。
そうしたSIXが、このほど「未来のお金」としてホワイトペーパーを発行した。そこでは7つのシナリオが示されており、デジタルインターフェイスの浸透やデジタル通貨という高確率な未来以外に、中銀デジタルマネーや、キャッシュレスを超えた「マネーレス」など興味深い展望が触れられていることから、その概要を紹介したい。
まず、シナリオへのインプットとして反映されている「根本的変化」としては、大きく次のような事象がある。「デジタルマネーやデジタルアセットは支払い手段として現金をリプレイスするだけでなく、価値貯蔵手段としてもリプレイスする可能性がある」「デジタルマネーはデジタルアセットの一形態として、デジタルマネー発行者はデジタルアセット基盤へとシフトする」そして「デジタルマネーは台帳上に直接記述され、完全にプログラマブルなものとして台帳上で実行される」など。
こうした潮流を踏まえ、「デジタルペイメントがデジタルサービスにシームレスに埋め込まれる」未来は高確率で訪れるとみている。そこでは、現金が価値貯蔵手段として残り続けるものの、銀行APIを介してサードパーティがデジタルウォレットにアクセスすることも可能で、デジタルアセットの購入・投資が行われるなど、現金とデジタルマネーがに共存する未来が想定されている。これが進むと、デジタルマネーが支払い手段として現金をリプレイスするだけでなく、「安全な価値貯蔵手段としてもデジタルアセットが現金をリプレイスする未来」へと繋がる。
中銀デジタル通貨についても言及があり、「誰もが中銀発行デジタル通貨を保持し、中銀・商銀どちらの口座にデジタル通貨を保持するか選択可能となる未来」あるいは「新たに発行されるデジタル通貨およびその発行者が、現存のマネーをリプレイスする未来」が示されており、これはそれぞれ中国のデジタル人民元(CDEP)や、FacebookのLibraなどの登場に該当するものと位置付けられるだろう。
さらに急進的なシナリオとしては、「デジタルマネーが物理的現金と同等機能を保証し、現金が完全に消える未来」だけでなく、「もはやデジタルマネーすら存在せず、シームレスなアセットどうしのアトミックな交換が可能となるなど、デジタルアセットのみでマネーとしての機能が代替される未来」「暗号通貨が中銀発行通貨をリプレイスする未来」などが示されており、アトミックスワップ等の技術が定着するとこうした未来すらも現実味を帯びてくるかもしれない。
スイスにおいて、監督当局(FINMA)が、SygnumとSEBAという、2つのデジタルアセットバンクに対してライセンス発行したのが僅か3か月前のことだが、既にそれぞれが具体的な歩みを進めている。Sygnumは、ドイツ証取やSwisscomとデジタルアセット取引所の構想を発表した他、スイスに加えシンガポールでもファンドマネジメントライセンス取得している。また、SEBAも、クリプトの世界と伝統的バンキングの橋渡しをすべく、ウォレットを用いて暗号資産と伝統的投資商品(証券や債券)と交換可能な金融サービスを提供開始している。こうした環境を踏まえて、スイス証取が「未来のマネー」についての見解を示したことは興味深い。
また、マネーの未来の姿については、中国人民銀行が発表したデジタル人民元(DCEP)も、その題目としてペイメントやセツルメントといった決済システム関連に留まらず、「産業チェーンの効率改善」を含めるなど、示唆に富んでいる(11/6付Newsletter)。スイス・中国あるいはシンガポールといった先進的取り組みを示す諸国の動きに注目しながら、デジタルマネーを巡るテクノロジーのさらなる進展を期待したい。
●0xプロトコル、12月2日よりバージョン3がEthereum Mainnet上で公開へ
11月4日から11日にかけて、ZRXトークンのホルダーで行われていた投票結果により、12月2日から0x v3(バージョン3)がEthereumのMainnet上で展開される予定となっている。
本アップデートは、ZEIP-28とZEIP-31、ZEIP-42、ZEIP-47などの、複数のimprovement proposalが同時に導入される予定となっており、ネットワークがローンチされた2017年8月以来の大型アップデートであるとされている。また、本アップデートに用いられるコードに関しては、第三者のオーディターとして、 Trail of BitsとConsenSys Diligenceが加わっている。
本アップデートの大きな特徴としては、新たにステーキング機能が導入されたことである。v3以降、ZRXホルダーは、流動性を提供するMarket Makerにトークンをデリゲートすることで、取引手数料から発生したステーキング報酬を得ることが出来る。こちらの払い出しは、10日間を1epochとするインターバルになっている。
他に追加された機能としては、さらなる流動性拡大に向けた、他のDEXプロトコルであるUniswapやKyber Networkとのブリッジコントラクトの提供や、従来ZRXでしか支払えなかったfeeを、USDCなどその他のERC20トークンでも支払えるようにするアップデートなどが含まれている。今後も、同社のユーザー体験向上に向けたアップデートに期待したい。
Section2: ListUp
(リンクはこちら)
1. Bitcoin(「Tor、Lightning Network通じた寄付が可能に」など)
2. Ethereum(「Istanbul アップグレードのアナウンス」など)
3. Bitcoin/Ethereum以外(「Mimblewimbleのプライバシーモデルを破る方法が見つかったとする記事とその否定記事」など)
4. 統計・リスト(「Genesis Research Report _ October 2019」など)
5. 論考(「ブロックチェーン技術と金融資産の今後の展開 — 慶應義塾大学 | SFC Open Research Forum 2019「SDGsの次の社会」」など)
6. 注目イベント
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