今週の注目トピック
Samsungの発表した「Blockchain SDK」、プログラマブルな銀行口座の実現を図る「Contract Wallet」の動向を紹介します。また、DeFiを巡ってEthereumとは違うアプローチで環境整備を進めるBitcoinエコシステムの動向を俯瞰します。
Section1: PickUp
●韓国Samsung、Blockchain SDKを公開
Samsungグループは、傘下企業各社において暗号通貨・ブロックチェーン関連で積極的な取組で知られる。具体的には、マイニング用ASICチップの製造や、Galaxy S10に暗号通貨ウォレット標準搭載するといった暗号通貨関連の取組のほか、ブロックチェーンプラットフォームとしても、EEAに傘下したり、Samsung SDSが企業むけ独自プラットフォーム「Nexledger」を開発して、国際物流分野などで利用例が発表されるなどしている。
このほど、SamsungはDappsを開発するSDKのベータ版「Samsung Blockchain SDK」を公開した。Galaxyシリーズに搭載された「Samsung Blockchain Keystore」と連携することによって、Keystoreや外部コールドウォレットを用いた送受金の機能を実現できるとしている。この「Samsung Blockchain Keystore」は、ユーザアカウントとブロックチェーンアドレスの紐付けを行った上で、その管理とトランザクションへの署名などの機能を提供するもの。そのため対応端末は「Samsung Blockchain Keystore」に対応するものに限定されるが、UIを使って暗号通貨送金むけペイメントゲートウェイが提供される。
Dapps開発において、SDKはユーザーを、Samsung KeyStoreだけでなく、外部コールドウォレットともリンクされるため、外部コールドウォレットの活用が可能になり、送受金などの実装が容易になることが期待できる。そのほか、アカウント作成・バックアップなどを通じて、アカウントの管理も容易になるとのこと。
正式版リリースは2019年末までに予定され、今後のDappsにおける暗号通貨決済にあたり、このSDKのゲートウェイを使うことによって、課金プロセスの開発も円滑になると思われる。スタート当初の対象プラットフォームはEthereumのみとなっているが、今後、多くのブロックチェーンに対応していくことを期待したい。
●プログラマブルな銀行口座の実現を図る、Contract Wallet
ウォレットにスマートコントラクトを備えたContract Walletと呼ばれるものが複数登場している(ArgentやDapper、GnosisSafe、TokenCardなどが代表例)。Ethereumのアカウントとして、EOAというアカウントとコントラクトアカウントがある。EOAはコードを持たず、コントラクトコードを持つのがコントラクトアカウント。Contract Walletは、このコントラクトアカウントを使いウォレットを提供するものである。
スマートコントラクトを用いてウォレットを制御できる点が特徴であり、コントラクトとして、所定の条件を設定して、その条件を満たす場合に自動的に送金トランザクションが行われるようにすることが出来る。プログラマブルなので、エンジニアが創意工夫で様々なデザインやカスタマイズを試みることができる。
応用イメージとしては、スマートコントラクトを通じて、KYC済の口座(ホワイトリスト)に対してのみ送付可能とするといった制約をビルトインするようなことが考えられる。AML/CFT面でも、譲渡制限やトラッキング、アラーム発行・送金停止などをプログラムすることができる。普段遣いの口座として、一日あたりの利用上限額を設定することで、無駄遣い防止や不正利用時の被害最小化にあてることも、可能になるかもしれない。
また、自分の保有アセットを管理するお気に入り口座として、一定期間送金できないようにロックしたり、定期的に送金・サービスの自動購入を行なったり、買付コントラクトの自動執行を通じて毎月指定した金額をドルコスト平均法で買付たり、所定のタイミングでポートフォリオ比率を一定に保つようにリバランスを行うことも考えることができる。
Contract Walletのもう一つの特徴は「安全な秘密鍵管理」である。秘密鍵管理はマルチシグとなっており、ユーザーと開発者、開発者が選んだ第三者(或いは家族・友人など)の間で秘密鍵を分散保管し、一定数が揃ったときに有効となる。これによって、ユーザー個人が鍵を無くした場合にアセットに永遠にアクセスできないということがなくなるほか、取引所に秘密鍵を預けることもせずに済む、中庸案として機能する(開発者を信頼することが必要)。
同様のカギ管理の工夫は、Multicoin Capitalなどが出資した「Torus」でも見られる。TorusはMPCの一種である分散カギ生成(DKG)をベースとしており、このカギ生成プロセスには、BinanceやCoinbaseやKyberなどが運営する9ノードの分散ネットワークが参加し、カギはシャードとして複数サーバーに分割され分散型の方法で生成される。再び組み合わせるには9ノードのうち5ノードを必要とするため、ハッキング時にもカギ再構築が容易ではないという安全性が特徴。加えてTorusネットワークはOAuth標準を実装し、Google・Facebook・TwitterなどOAuthプロバイダーを通じたログインが可能となっているため、Web2の感覚でWeb3へのログインを提供できるとのこと。このように、カギ管理のストレスなく、ノンカストディアルな形で Web3/クリプトアプリケーションにアクセスできる環境へ進む動きがある。
一方、Contract Walletの課題としては、コントラクトを実行するにあたり、ガスコストが必要となる点が挙げられる。この点について、ウォレット提供者が負担したり、「メタトランザクション」を利用して代替させるなどの方策を提供するといった対策がそれぞれのプロダクトにおいて講じられている。
翻って考えると、クリプトアセットの可能性として、今回例示したような「プログラマブル」な点が挙げられる。最近発表されたLibraはMove言語を通じてプログラマブルなアセット利用を可能とすることを特徴としていた。またゼロ知識証明を通じた秘匿トランザクションについても、「ZkVM」のようにプログラマブルな形で制御可能な仮想マシンをデザインする動きも出てきている。
こうした「プログラマビリティ」は、ユーザー利便性や開発者の創意工夫の可能性を広めるだけでなく、KYC/AML/CFTのような法規制遵守あるいは強制執行といった当局にとっても意義のある特徴である。「既存の金融システムをデジタル化するアプローチ」とは別に、「プログラマブルなお金をベースにゼロベースで金融システムを考える」としたときに、どのようなものが考えられるだろうか?またそういった「安全・公正かつ効率的な金融市場が成立するためのルールデザインと執行」はどうあるべきだろうか?このような未来志向の視点に立脚するプレイヤーの中から、将来のキラーアプリ(サービス)が登場することを期待しながら、今後の趨勢に注目していきたい。
●Bitcoinエコシステムで分散金融システム(DeFi)の環境整備が進展中
DEXを始めとしたDeFi(分散金融)のムーブメントにおいて、その開発プラットフォームとして最右翼はEthereumであることは言を俟たない。そうした中で、暗号通貨のドミナンスとして筆頭を誇るBitcoinもまた、それ自身が本質的にはDeFiとしての出自を持つことから、例えばAbraのような暗号通貨投資アプリケーションをBitcoinプラットフォーム上で提供するものがあるほか、BisqのようなDEXが既に提供されている。このように、Ethereumとは一種異なるアプローチで、BitcoinもまたDeFi構築の基盤を徐々に整備しつつあるので、その一端として「(1)デジタルアセット流通」「(2)スマートコントラクト」の2軸で俯瞰してみる。
まず「(1)デジタルアセット流通」については、(1–1)現行のBitcoinプラットフォームをベースとするものの他に、(1–2)サイドチェーン/(1–3)他チェーンとの相互運用/(1–4)セカンドレイヤーなどの拡張技術が開発されている。
(1–1)現行のBitcoinプラットフォームをベースとするものとしては、HTLCを用いたクロスチェーンアトミックスワップ・DEX構築などが可能だ。
(1–2)サイドチェーンとしては、Liquid NetworkやRSKが、Bitcoinブロックチェーンとの双方向ペグを通じて、Bitcoinを様々な金融活動で利用可能としている。Bitcoinとは別のチェーンを生成するため、トランザクション確定時間短縮やトランザクション秘匿化やアセット発行などが可能なことが特徴。例えばLiquid Network上では証券トークンを発行できるLiquid Securitiesが発表されているほか、RSKはBitcoinネットワークを使ってSolidityベースのスマートコントラクトを稼働可能とするもの。他のサイドチェーンにはDrivechainもある。
(1–3)他チェーンとの相互運用を通じてDeFiプロダクトとやりとり可能とするアプローチとしては、CosmosやWBTCなどがあげられる。CosmosはBitcoinとEthereumなど異種ブロックチェーンを接続するもの。WBTC(Wrapped Bitcoin)はEthereum上でBitcoinとペグづけされたERC20トークンであり、BitcoinをEthereumネットワークへ持ち込むことを意図したもの。
(1–4)最後にセカンドレイヤーを活用するのは、Lightning NetworkやOmniLayerは、Bitcoinブロックチェーンを基盤として、高速トランザウションや新規アセット生成などを可能とするもの。
次に「スマートコントラクト」だが、DeFi構築におけるBitcoinの特徴として、Bitcoinのスクリプト言語が安全性・安定性の理由から制約的であり、Solidityのように自由度・表現力が高くないことがある。それに対してBitcoinのスマートコントラクトの改善・拡張には、(2–1)MASTや(2–2)DLCといったアプローチがある。
(2–1)Bitcoinトランザクションに複数の条件を設けることは可能だが、その反面、トランザクションサイズが膨らむほか、実行にコストも嵩む点が難点である。そこでMAST(Merkelized Abstract Syntax Trees)は、マークルツリーを応用して、ブロックスペース節約によるスケーラビリティ向上をはかるもの。例えば、ローン決済などの多様な条件をスクリプトに記述したものをMASTとすることによって、公平なローン実行を保証したり、借り手が約束の時期に支払しない場合にローン担保を獲得することができる。さらにはMASTからTaprootへと移行することによって、プライバシーやスケービリティや柔軟性の面で大きな改善も見込まれるが、メインネットへのアクティベートには2年ほど有すると見られている。
(2–2)一方DLC(Discreet Log Contracts)は、Schnorr署名を用いて、個々のコントラクトの詳細をオラクル提供者から秘匿するもの。例えば、アセットの将来価格にかかる二者間先物契約を考えた場合に、オラクル提供者がそうしたコントラクト内容を知っていると利益相反が懸念される。そこでDLCは、オラクル提供者に対してコントラクトを秘匿することによって、提供する情報を意図的にコントロールされないようにするもの。最近でも、DLCを用いたデリバティブ取引むけP2PプロトコルがCrypto Garageから発表されるなど、複雑なDeFiプロダクト構築へむけた研究開発が行われている。MASTやDLCといった現行スクリプトをベースとしたアプローチ以外にも、「Simplicity」言語など、洗練されたスマートコントラクトを開発可能とする動きもある。
このように、BitcoinのDeFiエコシステム整備の取組は、現在進行中であるため、短期的にはDeFi開発はEthereumなどの既存プラットフォームを主戦場とみる一方で、中長期的にDeFi開発を見据える上では、その開発プラットフォーム選択肢の一つとして、Bitcoinブロックチェーンの動向にもフォローしていきたい。
Section2: ListUp
(リンクはこちら)
1. Bitcoin(「Blockstream、Liquidサイドチェーン上でLightning Network用いてLiquid-BTCの即時ペイメント実装」など)
2. Ethereum(「ENS、3〜6文字の短い名前も登録可能に」など)
3. Bitcoin/Ethereum以外(「BFT consensusとLibraBFT、HotStuffの違いについて」など)
4. 統計・リスト(「レンディング・DEX分野の統計」など)
5. 論考(「Cryptrec、「暗号鍵管理システム設計指針 (基本編) ドラフト版」日本語訳ドラフト版を公開」など)
6. 注目イベント
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#1 (2019/04/01–04/07)
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#4 (2019/04/22–04/28)
#5(2019/04/28–05/05)
#6(2019/05/06–05/12)
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