今週の注目トピック
ビットコインのサイドチェーン「Liquid Network」「RSK」に関する動向、
ゼロ知識証明ベースのアセット移転をプログラマブルにする動き、
および「KYC・デジタルアイデンティティ」関連の動向を紹介します。
Section1: PickUp
●Liquid Network上のデジタルアセットをAtomic Swap可能にする「Liquid Swap Tool」が発表
「Liquid Network」は、Blockstream社の開発するビットコインのサイドチェーンネットワークであり、秘匿トランザクションのほか、Issued Assets機能によるトークン発行などが可能。この5月に新たにBitfinexなど14のパートナー追加を発表し、交換業者から成る合計35社のコンソーシアムを形成している。
「Liquid Swap Tool」は、LiquidNetwork上のクリプトアセット(L-BTCなど)を使って、Atomic SwapをGUI/CUIベースで行うことができるようにするもの。Atomic Swapはスマートコントラクトを用いて、当事者間のアセット交換をトラストレスに行う。
Blockstream社からは、5月にLiquid上の証券トークンプラットフォームとして「Liquid Securities」プラットフォームも発表されている。アセットタイプや金額をデフォルトで秘匿化する他、共有鍵を用いて監査人との間で選択的情報共有を可能するなど、トランザクション機密性が特徴。加えて、地域制限や適格投資家などトークン所有権にかかる譲渡制限ルールを、マルチシグスマートコントラクトやサーバーベースの「Liquid Authorizer」と組み合わせることによって実現できるため、スマートコントラクトレベルで法規制対応ルールの記述を最小限に済ますことができる。
ビットコインベースでスマートコントラクトと互換性のあるサイドチェーンを実現するプロジェクトとしては、この他に「RSK」(旧:Rootstock)がある。このほどRSKは、Swarmとの提携を通じて、暗号化された分散ストレージシステム(IPFSやSiaに似たもの)を作ると発表した。Swarmのストレージサービスは、デジタルアイデンティティや評判の情報をプライバシー保護した状態で格納することを通じて、分散金融システムのインフラになることを目指している(この他にステーブルコイン開発も予定)。
デジタルアイデンティティを視野に入れたビットコイン周辺のプロトコルとしては、Microsoftが発表した分散IDシステム「Identity Overlay Network」(ION)がベースにしているSidetreeプロトコルも最近注目を集めた。Sidetreeは、Decentralized Identity Foundation (DIF) から発表されたもので、複数のDIDドキュメント(DIDデータモデル)操作を単一のブロックチェーントランザクションに束ねることを通じて、ブロックチェーン横断でDIDドキュメントをアンカリング・トラッキングするものである。
このように、Bitcoinブロックチェーン周辺では、Liquid Network(交換業者を中心としたコンソーシアム)・RSK(Bitcoinむけスマートコントラクト)といったサイドチェーンの実装が進んできている。サイドチェーンに加えて、セカンドレイヤーでも、Lightning Network(トランザクションスケーラビリティ)・Sidetree(分散アイデンティティに利用)といったプロトコルの存在感が増している。SoVとしての存在価値がフォーカスされるビットコインだが、その特性をベースとして、その周辺で様々なデジタルアセット(証券トークン・デジタルアイデンティティなどを含む)の流通が視界に入ってきており、今後の具体的ユースケース拡大に期待したい。
●ゼロ知識証明ベースのアセット移転をプログラマブルなものにするZEXE・ZkVM
仮想通貨の送金トランザクションにおけるプライバシーを確保するものとして、ZcashやConfidential Transactionなどのように、ゼロ知識証明の技術の適用を試みる動きが広まってきている。アプリケーションへの実装を考えたときに、こうしたプライバシー技術をプログラマブルなものとして扱うことができれば、開発者や産業界にとって、拡張性や応用可能性を高める上で大きな便益があることが想定できる。
こうしたニーズを踏まえ、プライバシーをスマートコントラクトと統合することによって、プログラマブルなものにするといった新たな進展が見られる。ゼロ知識むけスクリプト言語の実現を図るものとして、ZEXEおよびZkVMの2つを紹介する。
ZEXEは、プライベート計算を可能にする提案。オフライン計算に関する全ての情報を秘匿するほか、そのトランザクションを一定時間内で検証可能な点が特徴。「Decentralized Private Computation (DPC) 」スキームを導入することを通じて、オフラインでの計算に続いてトランザクションを生成した上で、計算の正確性を保証する。
ZkVMは、プライベートなアセット移転をプログラマブルとする提案。
ZkVMのトランザクションは、暗号化されたデータやアセットに対してプログラマブルな制約を含めることができる点が特徴。秘匿スマートコントラクト向けのゼロ知識仮想マシンをデザインすることによって、機密性を保つスマートコントラクト言語を可能とすることを図る。値やデータはPedersenコミットメントにより暗号化した上で、ローンに対する利息の計算を行い、そのコントラクトが正しく実行されたことを、Bulletproofベースのゼロ知識証明を用いて証明・検証する。これにより、データベースをサイロ化することなく、台帳上で共有することが可能になる。ゼロ知識証明ベースのアセット移転をプログラマブルなものにしていく上では、APIなどを使って容易かつ効率的に開発できるようになる必要がある。そのほか、言語間の相互運用性や、言語・プロトコルとしての安全性などの検証も課題。
元来、インターネットの利活用進展においては「情報を秘匿化してやりとりする」ことが飛躍的な用途拡大に寄与した。同様に、クリプトアセットやブロックチェーンの利活用進展においても、「アセットを秘匿化してやりとりする」ことの意義は大きい。その中では、秘匿化されたアセット移転も「プログラマブル」に扱うことができることも不可欠な要素となる。
LayerXでは、金融領域への応用としてプログラマブル・セキュリティ(Programmable Securities)の利活用推進に取り組んでいるほか、秘匿化技術「Zerochain」の研究開発を進めているが、このほど「Zerochain」はWeb3 FoundationのGrant Programに選定いただいた。技術開発(Zerochain)およびビジネス開発(プログラマブル・セキュリティ)の両面から、クリプトアセットやブロックチェーンの利活用進展に貢献していきたい。
●uPort、スマートシティにおけるパーソナルデータ管理へのデジタルアイデンティティ活用のデモ発表
デジタルサービスが様々なシーンで日常生活に溶け込み、さらには暗号通貨の利用などもあいまって、従来型のアイデンティティがボトルネックになる局面が増えている。そうした中で、新たな本人確認(KYC)・アイデンティティの姿を考えると、本人認証・認可・課金を行う上で、プライバシー保護・検証確実性・利便性を満たすことが必要。その一つのオプションとして、「個人は管理主体介在することなく、自身のアイデンティティを所有しコントロールできるべき」という考えにたった「自己主権型アイデンティティ(Self Sovereign Identity:SSI)」がある。
このほど、ブロックチェーンを用いたアイデンティティプラットフォームを提供するuPortが、新たなデモイメージを発表した。uPortのデジタルアイデンティティを用いて、スマートシティにおけるパーソナルデータ管理を容易にするもの。最初にパーソナルデータ検証を経てCityIDを取得し、それをuPortアプリに格納すると、スマートシティサービス利用時に、いつ誰に情報共有するか選択できる。
こうした趨勢の中、KYC・アイデンティティを巡る論考が多く登場していること(出所1, 出所2, 出所3)を踏まえ、その要点を整理する。
KYC済み情報のアイデンティティ連携にむけた仕様としては、例えばOpenID Foundationから発表された「OpenID Connect for Identity Assurance」などがある。このID情報の真正性を検証する手段として公開鍵があるが、「ID発行元や公開鍵運営基盤側の改ざん・否認はないか」といった問いに対する一つの選択肢として、「信頼できない人とデータ共有する記録場所」としての分散台帳・ブロックチェーン利用が考えられている。
KYC済み情報の伝搬は、様々な方法によって、分散台帳・ブロックチェーンへの実装が可能。たとえば、台帳にDIDを登録し、公開鍵・秘密鍵のペアを生成した上で秘密鍵をウォレットに保持する。次に、ID発行者から「検証可能クレデンシャル(アイデンティティ情報)」を発行し、発行者の秘密鍵に署名する。その後、DIDでログインすると、公開鍵を使ってクレデンシャルの署名を検証することができるという流れ。
具体例として、ERC725は、Ethereumブロックチェーン上でクレデンシャルを流通する仕組みを提供するもの。まずクレデンシャル発行者は、自身のもつ秘密鍵を用いて任意のEthereum上のエンティティに対してクレデンシャルを発行できる。次にアイデンティティホルダーは検証対象となるクレデンシャルを検証者に渡す。これを受けて、検証者は署名を確認することを通じて、クレデンシャルの確からしさを検証できる。このように、アイデンティティホルダー自身が検証者に提示できるように実装される可搬性が特徴であり、発行者を信頼できれば、Ethereumブロックチェーンの信頼性が崩れない限り利用できる。
これ以外の個別実装として、上述のuPort、Blockstack、Coinbase(Distributed Systemsを買収)があるほか、プロトコルとしても、MicrosoftからION(Identity Overlay Network)が発表されている。
このように技術面では様々な実装案が登場しつつある中、今後の利活用にむけては、技術面にとどまらず、以下に示すような各種運用面の論点も含め検討することを通じて、ユースケースが具体化されることに期待したい。
- クレデンシャルを誰でも発行できる場合に、その発行者から発行されたクレデンシャルをどう評価するかのモデル作り
- 利用者が伝搬された本人確認済み情報を信じるか否かの判断材料
- 他社による本人確認済み情報やスコアの提供・利用にかかるビジネスモデル構築
- 自分で自分の機微情報を管理することに伴う負担感の低減(クレデンシャルのアクセスコントロール、管理代行)
- 多くのパターンの実装が登場していることを踏まえた、相互運用性・拡張性の具備
Section2: ListUp
(リンクはこちら)
1. Bitcoin(「Casa、LNノードとしてノンカストディアルなモバイルウォレットをローンチ」など)
2. Ethereum(「Ethereum 2.0、フェーズ0のバージョン0.8.0 ”SubZero”仕様を公開」など)
3. Bitcoin/Ethereum以外(「Huobi、DeFiやDEXにフォーカスするパブリックチェーン”FinanceChain”開発へ」など)
4. 統計・リスト(「ケンブリッジ大学によるBitcoin電力消費統計サイト」など)
5. 論考(「「信頼」の源泉はどこにある?」など)
6. 注目イベント
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#5(2019/04/28–05/05)
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#7(2019/05/13–05/19)
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#9(2019/05/27–06/02)
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