今週の注目トピック
Satoshi Miyazakiより
今週のPick編では、中国のBSNにおけるChainlink社のオラクル活用の動向と、韓国における分散アイデンティティプロダクトの商用化、カナダ中銀によるCBDCのプライバシーフレームワークについて取り上げています。海外でブロックチェーンの商用化が進み、それにあわせて論点が高度化していることが感じられる内容となっています。List編とあわせてご覧ください。
Section1: PickUp
●中国のBlockchain-Based Service Network、外部データソースのネットワークとしてChainlinkをパートナーに
中国のブロックチェーンネットワークBSN (Blockchain-Based Service Network) が、Chainlink社の提供する外部データソース(オラクル)を組み込むことを発表した。BSNは中国政府が直接運営するものではなく、China MobileやChina UnionPayを初めとした事業体によるコンソーシアムネットワークだ。利用する企業や開発者は、幅広なメニューからコンポーネントを選択することによって、安価かつ効率的にブロックチェーンアプリケーションを構築できる(英語版開発者マニュアル)。
ブロックチェーンは、改竄困難な台帳にデータを格納し価値を交換できる安全なネットワークとして知られている。さらにスマートコントラクトは、ブロックチェーン上で稼働する改竄困難なプログラムであり、ある条件が満たされたら所定のアクションを起動するといったものだ。例えば、Etheriscのデジタル保険では、実際のフライトデータに基づいて、飛行機遅延保険の支払が自動的に執行される。
これまで、現実世界のデータをブロックチェーンネットワークへ注入することが課題となってきた。一律のデータを提供することは容易だが、その一元的なデータソースが攻撃を受けたり乗っ取られた場合に、不正なインプットに基づいてビジネスロジックが実行され、巻き戻しの困難な形で台帳に記録されてしまう。そのため、スマートコントラクトのインプットデータ(オラクル)は、適切な形で分散化を図ることが重要であり、chainlinkはそうした信頼性の高いインプットデータを提供すべく、GoogleやOracle社およびSWIFTとも提携している。
Chainlinkのオラクルネットワークを備えることによって、BSNというブロックチェーンネットワークは、現実世界についての信頼できる情報を得た上で、ブロックチェーン上のスマートコントラクトを実行することが可能となる、というわけだ。具体的には、株価やChina Union Payの金融トランザクション情報のような外部データへのアクセスが可能となる。
Chainlinkのオラクルデータを用いた応用例として、例えば韓国では、症例報告書(CRF)電子化の加速にあたり、信頼性高い形で健康データを管理する取組が始まっている。糖尿病などの臨床データを蓄積し、医師・研究者・患者の間で共有の上で医学研究に活用するものだ。ブロックチェーンのデータ登録プラットフォームに対して、現実世界の臨床データを提供する上で、chainlinkと提携するとしている。
ブロックチェーンの商用化に留まらず、外部データソースに基づくビジネスロジック執行の動きが中国・韓国で一般化しており、動向に注目したい。(文責・畑島)
●韓国の通信大手3社、ブロックチェーンデジタルアイデンティティアプリを運転免許証ベースにローンチ。韓国で相次ぐブロックチェーン商用化
SKテレコムは、KTおよびLG U+と協働で、ブロックチェーンベースのデジタルアイデンティティアプリケーション「Pass」の商用ローンチを発表した。運転免許証の検証および他サービスむけの認証が可能となるものであり、例えば、アルコール飲料購入時に未成年でないことを証明する上で、運転免許証のような形で、住所などの余計な個人情報を店員に示すことが不要になる。この仕組みは警察の運転免許証検証システムと連動しており、韓国で、こうした形でデジタル運転免許証の検証サービスが展開されるのは初めてのこととされる。
このような形で、ブロックチェーンベースの商用化アプリケーションのローンチが、韓国で相次いでいる。従来より中国におけるデジタル化およびブロックチェーン商用化の事例は繰り返し紹介してきたが、2020年に入って韓国においても複数の分野で商用化事例が見られることから、概況を俯瞰して紹介したい。
まず冒頭のトピックと同じデジタルアイデンティティの分野では、釜山市が、パブリックチェーンを用いて市民の情報を検証する識別アプリをローンチしたほか、韓国NH農協銀行、SK Telecomと協働でユーザーが自身の個人情報をコントロールすべく、ブロックチェーンベースのモバイル従業員IDをローンチしている。韓国LG CNS社は、デジタルアイデンティティ分野で著名なEvernym社との提携を発表した。
次に、複数機関どうしの情報連携分野では、通信会社のKT社が、病院・大学・ジムなど多数の契約を扱う機関を対象として、ブロックチェーンベースに契約の生成・流通・格納を行うペーパーレスプラットフォーム「KT Paperless」をローンチしている。釜山市は、銀行・大学病院・決済企業との間で、患者と医療機関の接続、外貨両替・口座開設、メッセージ配信などを行う「メディカルツーリズム向けブロックチェーンプラットフォーム」を構築している。
さらに、デジタルガバメント分野では、2022年までにオンライン投票・選挙システムをローンチすべくブロックチェーン戦略が発表された。世宗市では、スマートシティと自動運転車両間の情報共有をはかるべく、車両のデジタルアイデンティティ検証むけブロックチェーンプラットフォームをLG CNSと共同開発している。
日本国内では、ブロックチェーンの商用化事例はまだ数が少なく、PoC止まりの取組も多い。その一方で、中国だけでなく、韓国でも、このように商用化の事例が今年に入って続いている。こうした隣国の動きが、どのように日本へ波及していくか、今後の動向に注目したい。(文責・畑島)
●カナダ中銀が中銀デジタルマネーのプライバシーに関する論点について公開
カナダ中銀が、中銀デジタル通貨(CBDC)の発行にかかるプライバシー技術について、フレームワーク化したレポートを公式ブログ上で公開した。記事は、CBDCのプライバシーについて、完全なプライバシーを実現するか、完全にプライバシーをなくしてしまうべきかの二元論で議論すべきでなく、各国それぞれの要件に応じて緻密に設計すべきものであるとし、その指針をフレームワークとして提示するという趣旨について述べている。
CBDCの設計に際して、「どの情報を」「誰から」隠すか、という二つの大きな論点が挙げられ、各国で求められる要件が異なることが想定される。また、今日の多様な決済関連技術を前に、最適なプライバシー技術の選定を行うことも欠かせない。例えば、プライバシー技術にはグループ署名やゼロ知識証明、マルチパーティコンピュテーションなど様々な選択肢があり、それぞれ向き不向きがあることに注意が必要である。
記事では、CBDCに用いる基盤技術とプライバシーの度合いに関して、図を用いたフレームワークを提示している。ここでは、CBDCのネットワークは「ホルダー」と「トランザクション」の二要素に分解している。ホルダーにはOwner(所有者)とBalance(残高)が、トランザクションにはPayer(払い手)とPayee(受け手)、そしてAmount(送金額)の概念が付随する。また参加者の構成としては、政府、PayerのMSB(銀行などのMoney Service Business)、PayeeのMSB、Payee、決済事業者、その他一般ユーザーに分類できる。ここで、縦軸を決済技術の種類、横軸をネットワークの参加者と個別の要素で整理し、それぞれのプライバシーの実現レベルを評価したものが下表である。数字が大きい(色が濃い)ほど、紙幣の持つプライバシー要件に近くなる。
(引用元:Privacy in CBDC Technology)
こちらは数字が高い(プライバシー要件が紙幣に近い)ほど良い、というわけではなく、要件に照らし合わせて最適な技術を選定する必要があることが、繰り返し主張されている。CBDCの設計に際する論点として、「どのエンティティをトラストする(しない)前提を置くか」等、ネットワークガバナンスに関連する観点が提示された。他には、一般的に秘匿化/匿名化の要件が高くなるほど、必要なProofデータの容量が大きくなるため、ハードウェア要件の難易度が上がる傾向にある等の技術的な要件や、AML/KYC等の規制要件をどのようにして満たすか、といった論点も提示された。
カナダ中銀はProject Jasperなど、早期からデジタル通貨に関する技術的検証を行っていることで知られている。今後もカナダ中銀発の様々なインサイトに注目したい。(文責・宮崎)
Section2: ListUp
1. Regulation : 規制動向
●BIS国際決済銀行、アニュアル経済レポートで「デジタル時代における中銀とペイメント」ペーパーを発表。あわせて動画とポットキャストも
2. Crypto Adaptation: 暗号通貨の普及・応用
●スウェーデンRiksbankが発表した「e-krona」特別号となる経済レビュー(要約記事)
3. Decentralized Finance : DEXやトークンなど
●DeFi Money Market、Initial DEX Offering (IDO) として行ったガバナンストークンのパブリックセール結果を発表
●CompoundのガバナンストークンCOMPの配布結果について
●自動アセットマネジメントプロトコルBalancer、ガバナンストークンBALをLiquidity Minerへ配布
4. Programmable Security : プログラマブル証券関連
●Vanguard、SymbiontやBank of New York MellonやState Street等と協働で通貨フォワード取引のデジタル化。ワークフローの効率化および透明性向上をはかる
●VMWareブロックチェーンとDAML用いて構築中のASX豪州証取CHESS決済システム、ローンチを2021年4月と発表
●Nasdaq、R3・Symbiont・Microsoftと協働でデジタルアセットプラットフォーム「Marketplace Services」をローンチ
5. Financial Institutions : 金融機関による応用ケース
●イタリア銀行協会、デジタルユーロのパイロットプロジェクト参加への関心を表明
●Corda上で稼働するデジタルトレードネットワークContourのケーススタディ
●bitFlyer Blockchainのブロックチェーン投票サービス「bVote」による バーチャル株主総会が開催
6. Enterprise/Government : 非金融分野の応用ケース
●中国で分散デジタルアイデンティティアライアンス(DIDA)が設立。Tencent Cloud、WeBank、China Telecom、Baiduなどが参加
●韓国、2022年までにオンライン投票・選挙システムをローンチすべくブロックチェーン戦略を発表
7. Startup : 個別プレイヤー・アプリケーション
8. Articles : 論考
●Microsoftとドイツ・デンマークの大学、国際カーボンクレジット市場構築におけるブロックチェーンの効用についてまとめたペーパーを発表
9. Future Events : 注目イベント
●杭州BlockchainWeek(7/5-7/6で開催。中国の国家ブロックチェーンアライアンスBSNなどがサポート)
Disclaimers
This newsletter is not financial advice. So do your own research and due diligence.