今週の注目トピック
Eisuke Tamotoより
今週のBiz編では金融分野に関するトピックを多めに取り上げております。複数の資産をバスケットさせて通貨を発行するSet Protocolや、KYCの利便性向上に寄与する分散デジタルアイデンティティの話題などを取り上げております。さらに、スイス・香港でのステーブルコイン発行に向けた動きも取り上げています。法定通貨ペッグのステーブルコインは各国で発行が進んでおり今後の動きに注目と言えそうです。
また、リスト編でもIBM等が参画するプロジェクトなど数多く取り上げておりますのでそちらも合わせてご覧ください。
プログラマブル証券の呼称について(再掲)
LayerXは社内において従来「証券トークン(Security Token (略称ST))」と呼んでいたものを「プログラマブル証券」(Programmable Security(略称PS))と定めました。それに伴いLayerXニュースレター内の証券トークンの呼び方もPSに変更いたします。
変更した理由は、「(デジタル化も含めた)ブロックチェーン×証券」で実現できる効果はプログラムの特長によって生まれるものであり、それを反映させたネーミングした方がその意味合いがより認知される、と考えたためです。我々は実現できる効果として以下の二つが主に存在すると考えています。
1:法規制のプログラム化+デジタル化→法準拠の確度向上+管理コスト低減
2:スマートコントラクトによる自動執行→執行にかかる費用&時間コスト削減+複数主体の参加実現
Section1: PickUp
●デジタルアセットのバスケット・自動リバランスプロトコル「Set Protocol」
ブロックチェーン上で、通貨以外に現物アセットを裏付けとするもの・金融商品に該当するものも含めて、各種のデジタルアセットを作れるようになっている。デジタルアセットが増えていく中で、多くのデジタルアセットを扱おうとすると、トランザクションコストがかかる他、投資家が扱うツールが無かったり、開発者むけの標準プロトコルが無いなど手間も多い。そうした中にあって、抽象化の概念を応用して、複数トークンのbasketやポートフォリオを単一トークンとして扱うことが考えられている(ホワイトペーパー)。
Set Protocolは、複数トークンの抽象化を通じて、Fungible且つ裏付けトークンのあるERC20標準トークンである。単一トランザクションで済ますことができるためトランザクションコストを節約できる他、アセットをアルゴリズム的にバンドリングしてバスケットを構成し、なおかつ自動的にリバランスされるSet(Strategy Enabled Tokens)を作ることができるのが味噌。例えば、50%のWBTC+50%WETHをバンドリングされた「BTCETH5050」トークンを購入する場合には、ETHの50%がKyber通じてWBTC購入し、残りの50%のETHは自動的にラップされWETHに。拠出された担保を使ってBTCETH5050トークンSetがMintされ、ユーザウォレットへ発行される。
SetProtocolのインタフェースである「TokenSets」として、4つの「Range Bound Sets」および3つの「Buy and Hold Sets」管理戦略の売買が可能となっている。前者「Range Bound Sets」戦略は、ETHとDaiのミックスでETH/Daiの比率を自動調整するもの。例えば、ETH Range Bound High Volatility Setは、ETHが50%以上下がると自動購入、ETHが40%以上あがると自動売却を行う。一方、「Buy and Hold Sets」戦略は、購入後一定期間保持するもの。例えば、ETH Enthusiast Setは毎月ETH75%/BTC25%の比率を維持するよう自動リバランスが入る。ETH/BTCの価格が2%変動するか30日経過するとリバランスを自動実行する。
このように、投資戦略に沿った資産運用をプロトコルによって自動執行する世界が到来している。また、ポートフォリオのリバランスに際して、Kyber Networkを通して一つのトランザクションの中で行うため、中間アセットとなるWBTC/WETHを保有しなくて済む点もインパクトがある。今後もさまざまな金融取引をプログラマブルに行うプロトコルの登場に注目したい。
●活発化する分散デジタルアイデンティティの開発
ウェブやアプリケーションサービスが数多く氾濫する中で、ユーザは多すぎるパスワードの管理が億劫になっているほか、GDPRに代表されるようにデータ所有権をめぐる運用も世界的に変わりつつある。パスワード管理については定期的パスワード変更を不要とする動きがでてきているが、集中型管理の脆弱性を突いたハッキングの例もあとを絶たず、
よりセキュアな方法として、「分散アイデンティティ」が注目されている。分散アイデンティティは、ユーザーの資格証明やアイデンティティ情報は、ユーザ自身のみが秘密鍵を用いてアクセスできる強固なenclave内に保持され、ユーザーのスマホや他の認証要素を用いてロック解除できるような形態を指す。ユーザーはパスワードを記憶する必要がなく、ユーザー自身が自分のアイデンティティデータを保有し、許可なく他者はアクセスできない構造となる。
こうした分散アイデンティティの開発が加速する要因として、「Sovrin Foundation」や「DIF(Decentralized Identity Foundation)」といった組織的活動が立ち上がっていることことに加えて、アイデンティティ管理に特化したプラットフォームであるHyperledger IndyやSidetree Protocolなど、コミュニティレベルでの盛り上がりを見せている。その中でも、Sovrin Foundationのエコシステム上で構築されるデジタルアイデンティティの動きが活発になっているため、3つの例を紹介する。
Evernymが開発した「Contact.Me」はデジタル資格証明について、誰と何をシェアするか選択可能し安全に開示できるデジタルウォレットであり、誰もが自分のアイデンティティの所有権を取り戻すセルフソブリン(自己統治)の世界に一歩近づくもの。実際にデロイトUKオフィスではIDベースのビール冷蔵庫に利用されている他、英国の医者むけデジタルアイデンティティ「Truu」で利用されたり、米国・カナダ・UKでパイロット中のデジタルアイデンティティ「Onfido」ともインテグレーションするなどしている。
また、航空業界団体「SITA Lab」も、Sovrin Foundationに参加した上で、セルフソブリンアイデンティティ(SSI)のオプションを探索中。ポータブルな形式で、どのように自身の個人データを共有するかをコントロール可能で、必要なときに必要な相手に対して情報を明かすことができる資格証明書を作ろうとしている。SSIを用いることによって、旅行体験をスムーズなものとするとともに、個人情報保護・サイバー犯罪防止をはかるもの。
さらに、欧州のデジタル署名サービス「Validated ID」も、デジタル署名やPKI管理・リーガルの経験を生かして、Sovrin Foundationに参加し、デジタルアイデンティティ「ViDchain」を開発中。GDPR(一般データ保護規則)やeIDAS(電子署名規則)およびPSD2(決済サービス指令)などに準拠した形で、KYC/AMLを行うもの。大学の学位・資格証明、ECの購入プロセス、金融サービスにおけるKYC/AMLなどへの応用を想定されている。
このように様々なデジタルアイデンティティが開発されているが、単体で巨大なアイデンティティ管理システムを作るのではなく、それぞれが相互運用可能な形で成長していくことが重要なことから、Sovrin FoundationやDIFのような国際的動向をフォローしていくことが必要と考える。また、応用を考えると、アイデンティティそのものに加えて、支払い能力など「当該サービスを使う上で適格かどうか」の判定・判断も重要な要素となる。そこでは、実データを開示すること無しに、所定範囲におさまることを暗号学的に証明する「ゼロ知識証明」などの秘匿化技術も有用と考えられることから、そうした技術的側面にも注目していきたい。
●スイス証券取引所PSプラットフォーム開発計画最新情報
スイス証券取引所(SIX)は昨年、PS発行プラットフォームと取引所開発を進めると発表して以来、当該プロジェクトに特化した子会社SIX Digital Exchange(SDX)を設立しPSプラットフォーム開発を進めていた。当該プロジェクトの技術基盤にはCordaを利用し、技術開発はR3社と協力して進めていくというニュースが数ヶ月前に発表されたことは記憶に新しい。今週、そのSDXプロジェクトに関連するニュースが二つ登場したので以下で紹介する
一つ目は、スイスに拠点を置くBlockState社がR3社と共同で、ERC20トークンをCordaへ転換する技術を開発、というニュースである。BlockState社はERC20トークンをEthereumのスマートコントラクト上でロックし、等価のトークンをCorda上で発行させる仕組みを開発すると説明している。2019年中でのローンチを目指し、1号案件は自社のPSトークンとする見込み。
BlockState社は本トークンを証券としてスイス国内で法的に登録することを目標としているとともに、この技術を将来的にはSDXが開発するPSプラットフォームに組み込む予定であると発表している。これによりCordaベースのPSプラットフォームになる一方、セカンダリ取引所としてERC20トークンも受け入れて対応銘柄を増やす意図があると考えられる。
コンソーシアム型での開発を進める背景には、SDXが開発するPSプラットフォームに参画できるのは証券会社のみであるということがある。彼らにとってpublic chainの秘密鍵を自ら保管することはコストが高く、既存の証券委託システムと同様に証券口座ないの資産をカストディに信託しておきたいという需要がある。この需要を満たすために、自社wallet管理の負担を軽減できるシステムをCordaを利用して計画していると言われており、記事内でもカストディ先に管理を委託することで機関投資家の参入を目指している、と説明されている。
コンソーシアムチェーンの注目が高まる一方で、コンソーシアムチェーンとパブリックチェーンのつなぎ込みを目指すニュースも散見され始めており、この技術の応用性はブロックチェーン実装に向けて意味を持つと考えられるので今後も注目である。
二つ目のニュースは、SIXがスイス中央銀行に対してスイスフランペッグのステーブルコイン発行に向けて動き出すように要請を出した、というニュースである。
上述の通りSIXが開発するプラットフォームには複数の証券会社が参入すると見込まれているため、PS決済のためにホールセール決済用の決済通貨が必要となる。スマートコントラクトが利用できない既存FIATだとブロックチェーンを利用する効果が最大化されないために、SIXはステーブルコイン発行に向けて動き出していると考えられる。
PSのエコシステム発展のためには証券決済と資金決済の両軸の技術発展が必要であり、ステーブルコインは後者のために必須である、と説明されるが今回のニュースはスイス証券取引所も同様の考え方をしていることを表しているといえよう。
●TrustTokenが香港ドルペッグのTrueHKDを発行へ
TrustTokenが香港ドルペッグのTrueHKDを発行すると発表した。
アジア圏内の国の通貨をペッグとしたステーブルコインは世界初であり、TrustTokenとしては米ドル、カナダドル、豪ドル、ポンドに続いて5つ目の対応通貨となる。
今回のTrueHKD発行に向けて現地のLegacy Trustという信託機関を利用してトークンを発行する。
TrustTokenは今後も対応通貨を拡大していくと発表している。また、先月ニューヨークで開催されたFluidity SummitでのTrustTokenによるプレゼンにおけるスライドでは、TrueHKDに加えてTrueSGD(シンガポールドル)やTrueJPYの文字も並んでいたことが注目される。今後日本でもどこかの信託銀行と提携して日本円ペッグのステーブルコインを発行するのか、注目したい。
Section2: ListUp
(リンクはこちら)
1. Regulation : 規制動向(「G20首脳宣言発表」など)
2. Crypto Adaptation: 暗号通貨の普及・応用(「米CFTC、LedgerXのビットコイン先物承認」など)
3. Decentralized Finance : DEXやトークンなど(「0xのMulti-Collateral Dai担保トークンの選抜投票が近づく」など)
4. Programable Security : プログラマブル証券関連(「フランスで初の不動産証券化プロジェクトがローンチへ」など)
5. Financial Institutions : 金融機関による応用ケース(「JP Morgan、JPM Coinの実証実験を年内開始」など)
6. Enterprise/Government : 非金融分野の応用ケース(「通信事業者むけブロックチェーンが稼働へ」など)
7. Startup : 個別プレイヤー・アプリケーション(「3Box、アイデンティティや評判などをIPFS格納しAPI提供」など)
8. Articles : 論考(「国際決済銀行BISによる、巨大企業の与えるグローバル金融システムへのインパクトに関するレポート」など)
9. Future Events : 注目イベント
バックナンバー
#1 (2019/04/01–04/07)
#2 (2019/04/08–04/14)
#3 (2019/04/15–04/21)
#4 (2019/04/22–04/28)
#5(2019/04/28–05/05)
#6(2019/05/06–05/12)
#7(2019/05/13–05/19)
#8(2019/05/20–05/26)
#9(2019/05/27–06/02)
#10(2019/06/03–06/09)
#11(2019/06/10–06/16)
#12(2019/06/17–06/23)
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